おかしな人々

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修羅場

478:2012/08/11(土) 12:05:56.40 ID:
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ダラダラと地味に続いた修羅場。
結局何も無かったけど、今でも夢に見てうなされる。

物心つく前に実父が事故で亡くなって、以降母と二人で生きてきた。
いくらかの保険金、両祖父母の手助け、行政の手当などでどうにかやってきた。
お互い忙しかったのでゆっくり話す暇はなかったけど、
母娘で上手くやっていたと思う。
私が中学に入った頃、母が再婚した。
三人で郊外の大きな一軒家に暮らし始めた。
当時私13才、母30代後半、義父40代後半。
母と義父は仕事で知り合い、義父は初婚。
母は仕事をしていないと落ちつかないと、
結婚後も元の職場に通い続けた。
通勤一時間半、残業もある。義父の職場は家から近い。
そんな訳で、今まで通り私が家事…というか主婦業をする事になった。
義父は良い人で、思春期の私に最大限遠慮しながら接してくれた。
一緒にスーパーに買い物に行ったりして、少しずつ仲良くなっていった。


※ネタ?
534
:2012/08/11(土) 15:35:53.90 ID:
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兄が可愛がっていたカメがいた。
結構大きなカメで家に連れてきて10年目ぐらいの出来事だったと思う。
その10年間の間に兄は結婚。我が家で同居していた。
部活を終え、家に帰ってくるとカメの甲羅がカラフルになっていた。
虹色にきれいに塗ってあった。
それを喜んでいる甥と義姉。唖然としていると
「かわいいでしょ?汚い色よりこの色の方が見た目もいいわ」
と笑顔で言ってくれた。
私はそのままカメを持って風呂場へ直行。
水で洗い落そうとするんだけど落ちない。
色々落とし方はあるんだろけど
勝手にやってカメが死んでも困るので兄が仕事から帰ってくるまで待つことに。
その間義姉や甥が私に対して暴言やら暴力やらあったけど完全無視。
兄が帰ってくると兄は激怒。甥はともかく義姉を実家へ送還。
甥にはきつく叱っていた。
まだカメの甲羅にはすこしだけ色が残っているけど兄が頑張って落としたらしい。
義姉が義両親をつれて夜に突撃してくるので毎日雨戸を閉める日々。
クーラー嫌いだけど暑いのでつけると腹を壊す。
もういやだ。


410:2012/08/10(金) 22:59:41.02 ID:
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当時祖父、父とも海運をやっていて、
船内で乳児だった私を見ながら仕事をしてたらしい。
港に停泊中、近隣の船員から「犬か何かが海に落ちたぞ」
と言われたので見てみると、
乳児だった私が海に落ちでプカプカ浮いていたとのこと。

死んだ祖父からはこの話をよく聞かされたものの、
乳児だった私にその時の記憶はないので
当人はなんとも思ってないけど、よく死ななかったものだとは思う。
そんな私も40を過ぎたおっさんです。


378:2012/08/10(金) 20:47:24.21 ID:
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ここでしか吐き出せないので書かせてください。
中学最後の年、私は吹奏楽部に所属していて夏のコンクールでは金賞を受賞。
次の大きなコンクールに出ることが決まり、とても浮かれていました。
その日は兄は一人暮らしを始めていて家にはいない、
母は祖父の介護の為に帰省していました。
家には父だけで、父も同じ中学の吹奏楽部に所属していたけれど
父の代では金賞を一回も取れなかったので
喜びを分かち合いたくてハイテンションで帰宅しました。
「遅くなってごめんね。そして…金賞とったどーーーーーーーーーーーぉ……お?」
って感じだったと思います。
リビングに入ると同時に視線の先には父と祖母が合体していました。
祖母は父の実の母。
兄に連絡して最寄駅で兄に拾ってもらいその日は兄の部屋にいました。
次の日、母が兄から連絡を受けて父と話し合い。離婚しました。
引っ越す時、「離婚はお前のせいだ!」父に怒鳴られたのをまだ忘れられません。
父方の祖母には唾を吐かれ、父は顔を真っ赤にして怒鳴っていました。


261:2012/08/10(金) 01:23:25.40 ID:
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自分の修羅場

自分(男)は父・母・姉・自分の4人と、
父の実家で同居の祖母を逢わせて5人で暮らしていました
祖母は何かと母にイヤミを言ったりで自分はあまり好きじゃなかった
食事を作くれば「コレは失敗だね」とか「ウチの味じゃないね」と
掃除をしてても「雑だねもっと丁寧に掃除できないのか」などと、
いちいちイヤミな祖母でした
自分はそんな祖母に口答えしたり、母をなぐさめていた
父も一応祖母に注意するのだけど、
口先だけで本気で注意してるようには見えなかった
自分や姉にも結構厳しい祖母でしたが、嫌がらせとかは無かったと思う
ただあまりに母が責められるので、さっさと離婚すればいいのにと思ってた

自分が中学生の頃に祖母が寝たきりになった
2年くらい自宅で介護してた
介護はもっぱら母で時々姉が手伝いをしていた
自分と父も手伝おうとしても祖母が嫌がり、ほとんどやらなかった
祖母をあまり好きじゃないし別にそれならそれでいいかなと思ってた
ぶっちゃけると祖母も父も嫌いだったし、
祖母のいいなりになる母も好きじゃなかった
そして自分が高校入学、姉が大学に通ってた頃に亡くなった


145:2012/08/09(木) 11:10:15.00 ID:
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妹が小学生の頃「泥棒発見器」と言うものを作った。
確か薄っぺらいボタンみたいなものを押すと
「あら~、奥様!泥棒ですよ!」
と妹が吹き込んだ声がどこからともなく流れてくるもの。
このボタン、本当に薄いもので
絨毯の下に入れるとちょっと膨らんでるかな程度のもの。
兄と母は「こんなものw」と馬鹿にしていたけど妹は至って真面目に作っていて
「お姉ちゃん…」とよく泣きついてきた。
父はべた褒め。
んで、この「泥棒発見器」が役に立つ時が来た。
夜中、確か二時ぐらいに家に
金銭目当ての泥棒(近所では常習犯だったらしい)が入ってきた。
二階の出窓の近くには絨毯が置いてあり、
そこに妹は「泥棒発見器」を置いておいたそうで、、
すやすや寝ていると「あら~、奥様!泥棒ですよ!」と部屋中に響いた。
音量MAX。そして夏だった。
部屋を開けて寝ていたので近所に響き渡った。前・左・右三軒ずつぐらい。
そしてもう一個妹が仕掛けておいたトラップが泥棒にヒット。
痛がって動けない泥棒はあっけなく逮捕。
可笑しいのは泥棒も少し笑っていて警察も苦笑いしていたころ。
ただ、プロが作ったものじゃないので
スイッチが言うことを聞かなくて「あら~、奥様!泥棒ですよ!」
と警察が来るまで鳴りつづけたのがちょっとね…。
みんな可笑しいのとパニックで、
配線を切れば止まるというのに気付いたのは警察が帰ってから。
けど警察車両に乗ろうとしていると、
近所にもこの泥棒に盗まれたことがある人がいて
泥棒に殴りかかってしまい大騒ぎだった。
泥棒、顔に大きな痣作って血も流れてたから相当強く殴られたんじゃないかな。
その後その泥棒が自分の親戚の一人と言うことがわかり、また大騒ぎ。
父は母の再婚相手で父の親戚の一人だったらしい。
父の祖母も祖父との再婚相手だったので父も面識がない親戚。
だから自分たちも面識がなかった。
近所中に謝り倒して自分たちは引っ越しをした。


100:2012/08/08(水) 23:35:53.18 ID:
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(長いから分けます)
子供の頃の修羅場 、父が浮気してた
後で知ったけど父は浮気常習犯で、その事件は何度も浮気した内の一つだった
母はその度に修羅場だっただろうけど、私は小学5年生の時が一番ショックだった
浮気相手の女が自宅に電話をしてきて、
その電話を私がとってしまったからなんだけど…

浮気「(優しい猫撫で声)もしもし?○○さんのお宅ですか?」

私「はい、○○です。どちら様ですか?」

浮気「あら、△△ちゃん?」←何故か私の名前を知っていた

私「はい、そうです、誰ですか?」

浮気「あのね、△△ちゃんのお父さんはね、
△△ちゃんと×くん(弟)のせいで離婚できないの」

私「……え?離婚?」

浮気「(急にヒステリックな大声)△△ちゃんが悪いのよ!
×くんとお母さんの面倒くらいみたら!?
長女の癖に何でそんなこともできないわけ!?」

私「あ、あの……誰ですか?」

浮気「誰!?よくもまあそんな偉そうな口を年長者にきけるわね!?
躾がなってない!(以下、聞き取れず)!!!」

私「…お、お母さん!お母さん!!(半泣き)」

って感じだった
最初の声がやたら優しいお姉さんって感じだったから、
声の変化だけでも一種のホラーだった
何より言ってる意味が分からなかったけど、
とにかく私が責められていて憎まれてるのはよく分かって、
怖くて怖くてたまらなかった
咄嗟に母に電話をかわっちゃって、
まあ当然だけど家庭内修羅場
夫婦喧嘩が本当に酷くて、
私が自分で対処せずに母に電話をかわっちゃったから…って落ち込んだ
(続く)


907:2012/08/06(月) 20:57:01.67 ID:
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両親を亡くして妹と二人暮らしになった時、
遠縁の親戚の人が通帳を盗みに来たことかな。
首を絞められたんだけど(妹は祖父の家に泊まっていた)
普段温厚な老犬が一人に噛みつき、もう一匹はギャン鳴きして
その騒ぎを聞きつけた近所の人に助けられて事なきを得たけど本当に死ぬかと思った。
小型犬だったんだけど咬まれたオジサンの足と腕には凄く深い傷が出来ていたらしい。
犬が噛みついたことに対して盗みに来たオジサンの家族や親戚にに治療費を払え!
と毎日電話の嵐だったけど、一銭も払わずに今まで来てしまった。
警察に連絡した時も「身内から逮捕者を出す気か!」
と親戚中から責められたしあの時は本当に大変だった…。


799:2012/08/05(日) 09:31:48.73 ID:
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たいしたことないかもだけど投下。40代の夫をくれくれされたこと。
ただし相手は80歳前後の老婦人。
書きためてありますが長いので、わけます。

夫はアフターサービスとかメンテとか、そういう関係の仕事なのですが、
たまたまその人の担当をすることになりまして。
何しろ年寄りだから自分語りが半端ない。
「夫と死別で子供たちには絶縁された気の毒なわたし、
こんなに優しくて気遣いが出来て努力してまじめに生きてるのに
不幸なわたし。なんてかわいそう。そう思うでしょ。」
って感じのどんより曇った愚痴を毎回毎回、
ねとねと聞かされながらの仕事だったらしいです。
もっと変な人もたくさんいるのでそのくらいなら、と夫は言っていましたが。
べたっとした距離感のない人で、仕事と関係のない頼まれごとなども、
お年寄りだしついでだし、と夫が気軽に受けたことで懐かれてしまって。

たまたま職場の休みと役所に出す書類提出期限が重なって、
自宅を連絡先にして必要書類を送ってもらったことから暴走が始まりました。


674:2012/08/03(金) 22:06:13.49 ID:
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すみません、グロありで投下します

一昨年の春に第一子出産予定だった
予定日過ぎてもなかなか赤がおりてこず、
担当医からはよく歩くようにと指示を受けたので、
あちらこちら散歩に励んでいた

東京の某オフィス&ショップ街でフーフー細い階段登っていると、
地上から何故かガラガラガラーっと聞こえ、
暫くすると買い物袋が乗っかった無人のベビーカーが降ってきた

頭が真っ白になったが、何とか回避しなきゃと急いで階段を降りたんだけど
階段が長くて、手すりを掴んだがベビーカーが重過ぎて身体だけなんとか
後ろ向きに転換したが堪えきれず、15-20段ほど一気に落ちて背中と後頭部を強打

あー、やっちゃった、もうだめかも~
と起きようとするが腹部に激痛と下半身が濡れた感じがするし頭も切れてて痛い
淡血色に破水しているのを自覚した瞬間、大声で助けを求めた

ベビーカーの持ち主がこの頃追い付き、私を見てパニック状態
駅員さんが救急車呼んでくれて、ラッキーな事に駅の中に産婦人Dr.がいて
簡単な処置をしてくれ、
自分の病院へ連絡&付き添ってくれたのでたらい回しにはならずに済んだ
病院へ着くまで15-20分程だったのだが、
到着直前に羊水が鮮血っぽくなった時が1番修羅場

血圧50代まで下がって、意識ぶっ飛んだが帝王切開でなんとか出産
まぁ、私は三カ月後に慢性硬膜下血腫を発症し、
また入院→手術するんですがねw
赤も最初の一週間は安定しなかったが持ちこたえてくれ、
親子三人今も元気に暮らしています

連絡受けた夫は駆けつけた病院でベビーカーを手離した
張本人の夫妻が謝りもしなかった事にキレて、
私と赤の無事が判明してからすぐに弁護士立てて色々やってた
私は翌々週までその事知らなかった