【彼女との話】「早く結婚してくれ」 従姉に恋をした。信じられないほど心が痛い。彼女に会ってから今日まで、一年一年、一日一日、その痛みは蓄積されていき、今は極限だと思う

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:2005/11/25(金) 11:45:18 ID:
それは3月に入ってすぐの、日曜日の朝のことだった。

夜勤明けでマンションに帰ると、
エントランスホールの郵便受けの前に、
長髪のデカい男が立っていた。
そいつの足元には大きな旅行用トランク。
なにやら携帯で話していた。

(マンションの住人じゃないな)

俺の住んでるマンションは、
エントランスホールにあるインターフォンの操作盤に鍵をささないと
エレベーターが動かないようになっていた。
部外者が2階以上に上がるには、インターフォンで住人に呼びかけ、
エレベーターを動かしてもらわなければいけない。

(邪魔くせーな)

そいつをすり抜けるようにして郵便受けに手を伸ばしたら、
そいつが声を上げた。

「あ」


    319:2005/11/25(金) 11:46:25 ID:
    なんだ?と思い、そいつを見た。目が合った。

    「来た。帰ってきた」

    電話の相手に言っているようだった。帰ってきた?俺のことか?

    「おお、大塚!」

    声を聞いてようやくわかった。
    高校時代の友人、辻田 大だった。

    「大か!?…なんで、ここに」
    「おお!ほれっ」

    大が携帯を俺に差し出した。

    「大塚、おひさ~!」

    電話の相手は三浦 勝だった。こいつも高校の時の友人だ。

    すぐに俺から携帯を取り返した大は、
    「ありがとな!じゃな!」
    と三浦に言い、電話を切ってしまった。

    あまりに突然で二の句が告げずにいる俺に、大が言った。

    「とにかく部屋に入れろ。話はそれからそれから」

    言われるまま部屋に案内した。


    320:2005/11/25(金) 11:47:27 ID:
    不思議な風景だ。大が横浜の、俺の部屋にいる。

    俺はコイツが大好きだった。

    高校時代、
    俺は大と三浦、そして木島 周平、河相 真子という友人たちとバンドを組んでいた。
    世は空前のバンドブームで、
    河相 真子以外の4人は女の子にモテたいがための結成だった。
    俺以外の4人は同じ高校で、
    中学の時から大と友達だった俺が後から誘われた格好だった。

    高1の終わりから2年間バンドは続いたが、高校卒業と同時に解散した。

    卒業後、俺と三浦は社会に出、周平と真子は東京の大学に進学し、
    大は「ビッグになるぜい(笑)」と笑いながら、
    なんとイギリスに行ってしまった。
    ベーシストだった彼は、その道でメシを食っていこうとしていたのだ。

    それ以来の再会だった。


    321:2005/11/25(金) 11:49:14 ID:
    断りもせずに冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す大。
    俺にも差し出し、缶をぶつけてきた。

    「ほい、おひさしぶり」

    相変わらずなヤツだ。
    中学の国語の授業で「豪放磊落」という言葉を習った時、コイツの顔が浮かんだ。
    今も変わっていない。なんだかうれしかった。

    「おい、飲みに行こうぜ」

    ビールも飲み干していないうちから、大が言った。

    「アホか。まだ11時だぞ。それに俺、夜勤明けなんだ。少し寝かせろ」
    「なんだ、仕事明けか。私服だから、てっきり朝帰りかと思った」
    「(笑)土日はスーツ着ていかなくていいんだ」
    「あ、そ。
     なぁ行こうぜ、飲み。
     横浜なら、昼間からやってるトコあるだろ?まして日曜日だし」
    「勘弁しろって。行ったら潰れちまうよ。俺が酒弱いの、憶えてるだろ?」

    高校の時、大とはよく飲んでいた。

    「OKOK。んじゃ俺も寝るわ」
    「それはそうと、どうして帰ってきたんだ?なんで俺んとこに来た?」

    聞きたいことは山ほどあった。

    「話は夜な。寝ろ寝ろ」

    こうしてコイツに振り回されるのも高校以来だった。悪い気はしない。


    322:2005/11/25(金) 11:50:12 ID:
    夜7時。寝すぎた。
    しかし大はまだイビキをかいていた。

    「おい、起きろ」

    大を叩き起こし、外に連れ出した。地下鉄に乗る。

    吊革が大の胸元で揺れていた。
    190cmあるコイツと並ぶとまるで大人と子供だ。

    「地元にいた時、三浦からお前の様子は聞いてたけど、仕事は順調なのか?」
    「当然」

    いつでも自信家なコイツが本当に羨ましい。
    しかし現に大の言ってることは真実で、
    4年ほど前、イギリスでは割とメジャーなバックバンドに入ったと、
    三浦から聞かされていた。
    俺もそのCDは何枚か持っている。


    323:2005/11/25(金) 11:51:47 ID:
    「それで、今度は日本で活動するのか?」
    「いや、用があって帰ってきたんだ。すぐまたあっちに戻る」
    「用って?」
    「俺のばあちゃん、憶えてるか?こないだ死んだんだ」

    大は幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人暮しの生活を送っていた。
    こんな豪気な大も、日本を離れる時、祖母の心配だけはしていたが、
    祖母は元気に大を見送った。
    俺たちバンドメンバーも一緒に空港まで見送りに行ったのだが、
    大がいなくなることよりも、その祖母の姿に涙が出てしまった。


    324:2005/11/25(金) 11:52:37 ID:
    「そか。大変だったな」
    「位牌持ってきてるから、後で拝んでやってくれ(笑)」
    「位牌を持ってきてる…?」
    「実家、処分するんだ。
     もう誰も住むやついないしな。手続きは済ませてきた。
     ついでにお前や三浦に会っていこうと思ってさ。
     お前の住んでたアパートに行ったけど、もう別の人間が住んでてよ。
     んで、三浦のところに行って聞いたんだ。お前がこっちにいるって。
     横浜なんて来たことなかったから、だいぶ迷ったわ(笑)」
    「それで朝、三浦と話してたのか(笑)」
    「うん。つーか三浦に電話するのも四苦八苦だったんだぜ(笑)。
     日本の携帯電話の使い方って、イギリスと微妙に違うんだよ。
     これ空港で借りてきたやつだからさ」
    「なるほどな。なら三浦に悪いことしたな。
     こっち来てから初めてアイツと喋ったのに、誰かさんに電話切られちまって(笑)」
    「三浦なんてどうでもいいんだよ(笑)
     お前は会おうと思えばいつでも会えるんだから。
     それより俺との再会、大事にしろよ?(笑)
     もう一生会えないかもしれないぞ」
    「お前、もう日本に帰ってくる気はないんか?」
    「ん。それに今度、アメリカに移るんだ。今のバンド抜けて」
    「? 今のバンド、あんまり良くないのか?
     仕事の依頼もバンバン来てるらしいって、三浦も言ってたぞ。
     勿体ないじゃん」


    325:2005/11/25(金) 11:53:25 ID:
    大が俺の言葉を遮った。

    「それはそうと…
     おい、お前まさかハードロックカフェに連れてくつもりじゃないだろな?
     知ってんぞ、横浜にもあるって。
     やめてくれよ、アッチで行き飽きてんだ(笑)」

    まさにそのつもりだったからドキッとした。

    「違うわい。ほら、降りるぞ」

    慌てて関内で降り、行き着けの店に行き先を変更した。


    326:2005/11/25(金) 11:54:16 ID:
    和食の店に連れてった。

    「それほど、日本食に飢えてるワケじゃないんだがな(笑)」
    「うるさい。文句言うな」

    そうは言っても刺身や日本酒に、大は喜んでいた。

    「さっきの話。アメリカって、なんでだ?」
    「もっかい勉強し直そうと思ってさ。アングラから再スタートだ(笑)」
    「メジャーCDにもなってるってのに、なぁ。惜しくねーか?」
    「まだまだよ、俺の腕は」
    「ん?イギリス人に『謙虚』って言葉を学んだんか?(笑)」
    「(笑)たまたま以前のライブで知り合ったプロモーターにアメリカ行きを勧められてさ。
     費用から住むところから、全て面倒見てくれるってんだ。
     少し行き詰まってたところだったから、世話になることにした」

    目をキラキラ輝かせて未来を語る、
    なんてことはこの三十路を越えた男にはなかったが、
    忙しく箸とお猪口を動かしながら話すその声は弾んでいた。


    327:2005/11/25(金) 11:55:00 ID:
    「あ、それでな。木曜日まで泊まるからな」

    事も無げに言いやがった。

    「すぐ帰らなくていいのか?つーか、帰れ(笑)」
    「(笑)見納めしときたいんだよ、日本の」
    「仕方ねぇなぁ」
    「宿泊費は出さんぞ」
    「出せバカ(笑)」

    ふたりともグデングデンになって家に帰り、
    それでも祖母の位牌の前ではふたり並んで手を合わせ、寝た。


    328:2005/11/25(金) 11:56:04 ID:
    翌朝8時。
    起きると大が床に寝ていた。
    ふたりとも昨日の服のまま。
    たしかふたり揃ってベッドに倒れこんだはず。
    俺はかろうじてベッドに寝ていた。

    (ズリ落ちたか、大)

    なんだかニヤけてしまった。
    この図体のデカい男とこれからちょっとの間、一緒に暮らすのだ。

    俺は3日間だけの同居人に毛布と合鍵を被せ、
    静かに身支度を整えて会社に向かった。

    電車の中でふと思った。

    (10年以上会ってなかったのに、昨日はすんなり話せたな)

    高校時代の友人は一生モンだと、誰かが言っていた。
    こういうことを言うのだろうか。


    329:2005/11/25(金) 11:57:00 ID:
    その日の仕事は日勤だけだったので、夜8時には家に帰り着いた。

    (なにワクワクしてんだ(笑)新婚さんかよ)

    ドアを開ける時、やたら可笑しくなった。
    そしてドアを開けたら、笑い転げてしまった。

    エプロン姿の大が立っていた。

    「なんだよ!?その姿!!」
    「メシぐらい作ってやろうかと思ってよ。あ、この姿はウケ狙いだ(笑)」

    190cmの長身にまるで合っていないサイズだった。

    「それよか、お前んち最低!包丁もフライパンもねーじゃねーか!」
    「仕事から帰ってきたら作る気力なんかないんだよ。
     一人暮らしだから作る量も難しいし」
    「俺はあっちでも自炊してたぞ。ちゃんと全部平らげてたしな」
    「お前とは食える量が違うんだよ」

    台所に行ってみると、
    包丁やらまな板やら鍋やらが、出来上がった料理と一緒に並んでいた。

    「宿泊費だ。とっとけ」

    料理は美味かった。見事なもんだ。味噌汁まで出された。


    330:2005/11/25(金) 11:57:48 ID:
    食い終わると待ってましたとばかりに大が言った。

    「おい、カラオケ行こうぜ。久しぶりに歌聴かせろよ」

    バンド時代、俺はボーカルを担当していた。
    楽器なんてひとつも出来なかったから。

    「すげぇな、今時のカラオケって」

    近所のカラオケ屋に連れて行った。大は大はしゃぎだった。
    イギリスにもカラオケはあるそうだが、機材がまるで違うらしい。
    採点システムに感動していた。

    大は黙って俺の歌を聴いていた。
    冷やかしもしなければ合いの手すら入れない。
    およそ同僚と来る時とは雰囲気が違う。なんだか照れた。

    「相変わらず聴かせるじゃねぇか」
    「プロに言われるとうれしいな(笑)
     世話になってるからって、世辞を言う必要はねぇぞ(笑)」
    「いや、上手いよ」

    大の顔は真剣だった。
    普段はふざけたヤツだが、こと音楽のことになると顔つきが変わるようだ。
    これがプロってものかと感心した。

    大の選曲は洋楽オンリーだった。
    あまり上手くはない。
    ベースを持つと天下一品なんだけどなぁ。
    ギャップに笑った。


    331:2005/11/25(金) 11:58:54 ID:
    2時間コースが終了し、俺たちは軽く飲んでから帰ることにした。

    行き着けのバーに案内した。

    軽く、のつもりが昔話に花が咲き過ぎた。
    お互い酔っているのがすぐわかるほどだった。
    でも酒が美味くてやめられない。
    今度コイツと飲める日なんて来ないかもしれない。
    そう思うと今日という日が惜しくなり、潰れる覚悟でおかわりし続けた。

    「そういえば、さ。お前、真子とはあの後どうなったん?」

    グラスにしな垂れかかりながら大が言った。

    「真子って、バンドの時の真子か?」
    「他にいねぇだろ」
    「あの後って、なんだよ?どうなったってのは?」
    「周平が死んだ後だよ。お前、真子のこと好きだったんだろが」


    332:2005/11/25(金) 11:59:45 ID:
    ドラムを担当していた周平とキーボードの真子は付き合っていた。
    俺は真子のことが好きだったが、仲の良いふたりを見続けるだけだった。
    高校卒業後、ふたりは東京の大学に進み、俺は地元に残った。
    そこでバンドは終わり、俺の想いも終わった。

    20歳の時、周平が亡くなった。車を運転中の事故だった。
    大は仕事で戻ってこれなかったが、俺と三浦は周平の葬式に参列した。
    同じく参列していた真子は痛々しいほどに悲しみに暮れていた。
    葬式の時もその後も、俺は慰めの言葉をかけてあげることが出来なかった。

    それから3年ほど経った時、彼女から連絡があった。
    大学を卒業した後、東京で就職したとのことだった。
    その時の真子は、周平のことを引きずっている様子もなく、俺は安心した。

    それ以降、彼女がどうしているかは知らない。


    333:2005/11/25(金) 12:00:48 ID:
    今頃になって彼女の話が出るとは。

    「気付かれてたのか(笑)」
    「俺にはな。こう言っちゃなんだが、チャンスだったんじゃないか?」
    「真子に言い寄るチャンス、か?」
    「そうだよ」
    「あの時はとっくに気持ちなんてなかったよ。
     お前も知ってるだろ?
     あの頃俺んち大変だったから、そんな余裕もなかったしな」
    「そうか?家のせいにしてただけじゃないか?」
    「お前、あの時いなかっただろが(笑)見てたようなこと言うな」
    「まぁな。なんとなくそんな気がしただけだがな」
    「甘酸っぱい思い出ってやつだ(笑)」

    もう一杯だけ飲んで帰ることにした。


    334:2005/11/25(金) 12:01:31 ID:
    「で、今は付き合ってる女とかいないのか?」
    「いないねぇ」
    「好きなやつは?」
    「いないなぁ」
    「つまんなくねぇか?好きな女すらいないなんて」
    「別に」
    「ふーん」

    お互いリミットだと判断し、グラスを空けることなく店を出た。

    「そういうお前はどうなんだよ?金髪のステディでもいるのか?(笑)」
    「俺のことより、お前のほうが心配だよ」

    大きな身体を俺に覆い被せながら、つぶやくように大が言った。


    335:2005/11/25(金) 12:02:28 ID:
    翌日の二日酔いはひどかった。

    ベッドでウンウン唸っていたら、
    大がゼリーとミネラルウォーターをコンビニから買ってきてくれた。

    「俺、観光に行ってくるわ。今日、夜勤だろ?合鍵くれ」
    「おばあちゃんの位牌に、ご飯出したか?」
    「なんだ、それ?」
    「茶碗にご飯を盛って、箸差して位牌の前に出すんだよ。知らんのか?」
    「知らね。イギリスにそんなん無かったもん」
    「日本にゃあるんだよ」
    「お前、ジジくさいこと知ってんな」

    いそいそとご飯を位牌の前に置き、大は元気に出て行った。

    ベッドでひとりで寝ていたら、無性に寂しくなった。

    (気色わりぃ)

    苦笑して、また眠りに落ちた。


    336:2005/11/25(金) 12:03:19 ID:
    大の水が効いたのか、寝覚めは良かった。

    大はまだ帰っていなかった。

    家を出る時、「いってきまーす」と俺は部屋に声をかけた。

    翌朝、家に帰ると大が俺のベッドで寝ていた。酒臭い。

    (こんにゃろ)

    と思ったが、俺もベッドの横で毛布にくるまった。

    夜、目覚めるといい匂いがした。また味噌汁だ。

    「起きたか。メシ食え」
    「うれしいけど、なんだか気色悪いな(笑)」
    「俺だって(笑)」

    差し向かいでの夕飯。可笑しくなる。


    337:2005/11/25(金) 12:04:23 ID:
    ふと大が聞いてきた。至極、真面目な顔だった。

    「お前、仕事楽しいか?」
    「? 別に…楽しくはないわな。女も出来んし」
    「こんな不規則な生活じゃあな」
    「おお!?お前に言われるとはな(笑)
     ミュージシャンなんて、不規則の代名詞だろうが」
    「お前、マスコミに毒され過ぎ(笑)意外と真面目なもんだぜ?」
    「そうかね」
    「そうさ」

    (?)

    なんだ。何が言いたかったんだ?

    「大塚」

    答えはすぐにわかった。

    「お前、俺と一緒にアメリカ行かねぇか?」

    爪楊枝を口に加えながら大が言った。


    338:2005/11/25(金) 12:05:18 ID:
    「おほ。なんだ?
     仕事の息抜きにアメリカ旅行でも連れてってくれるってのか?(笑)」

    「違う。アッチで一緒にまたやろうって意味だよ」

    コイツ、何言ってんだろ?

    大が冗談を言ってるわけではないことは、その顔を見ればわかったが、
    その真意が計りかねた。

    「お前と一緒にバンド組むのか?」
    「そう」
    「俺にボーカルやれってか?」
    「うん」
    「アメリカで?」
    「で」
    「俺の歌、そんなに良かったかぁ?あんなカラオケごときで」
    「いや、全然ダメだ。歌唱法も何も、基礎から全然なってない」
    「なんだそりゃ」
    「でもな、いいモン持ってると思ったんだよ」
    「そんなのわかんのか?」
    「わかる」

    これは俺も真面目に話さなければいけないと思った。


    339:2005/11/25(金) 12:06:12 ID:
    「あのな、大塚。俺、ここ数年悩んでたんだよ。
     雇われバンドじゃなくて、自分のバンドを持ちたいってな。
     確かにお前も知ってるとおり、
     雇われバンドとして俺はある程度成功したのかもしれない。
     仕事の依頼も多いしな。
     でもこのままじゃ、どこまで行ってもそれ止まりな気がするんだよ。
     所詮は雇われだ。
     CDのジャケットに俺の名前がドーンと載るわけじゃない。
     バンドの名前も俺が考えた物じゃない。
     全部、他人が創り出したモンなんだよ。
     それに俺は乗っかってるだけ。
     そんなこと考えてたら、
     こないだ話したプロモーターから今回の話を持ちかけられたんだ。
     心機一転、やってみろってな。
     今からアメリカに乗り込むんだから、
     当然、下積みからまた始めなきゃいけない。
     それは長い時間になるかもしれない。でもチャンスだと思ったね」


    340:2005/11/25(金) 12:08:06 ID:
    「それはすごくいいことだと思うけど、
     その相棒が俺である必要はないだろ?」

    「確かにな。
     お前より歌えるやつを俺はいっぱい見てきたよ。
     実のところ、
     カラオケに行くまではお前を誘う気なんてこれっぽっちもなかった。
     でもな。
     あの時、俺、思い出したんだよ。
     俺はお前の声が好きだったな、ってな。
     高校の時にお前をバンドに誘ったのもそれが理由だったんだよ。
     単にお前が友達だったからじゃないんだ」

    「キーが高すぎるって、いつも文句言ってたじゃん」

    「ガキだった俺に、お前の声好きだ、なんて言えると思うか?」

    「………」

    「どうせ再出発するんだったら、俺の好きなモノを集めたいと思ったんだ。
     俺の好きな声や好きな音を持ってるやつ。
     もうギタリストは見つけてあるし、
     そいつも俺と一緒にアメリカに行くことが決まってる」

    「俺に会って、懐かしさが蘇っただけじゃないのか?」

    「俺、プロだぜ?そんなことぐらいで、お前に人生賭けねぇよ」

    「でもプロの世界って厳しいんだろ?そんな我侭が通じるのか?」

    「甘い考えだとは思うよ。
     でも我侭ってのはちょっと違うと思う。
     俺にとって音楽は仕事でもあるけれど、でも俺の音は俺のものだからな」

    言ってることは夢見がちな十代の台詞に思えたが、大の顔は大人の顔だった。


    341:2005/11/25(金) 12:09:26 ID:
    「以上!お前の考えを聞かせてくれ」

    大の真っ直ぐな視線が俺を射抜いている。
    言葉を整理しながら、俺はゆっくりと話した。

    「まず…結論から言うわ。ごめん、俺はアメリカには行けない」

    やっぱり、という顔を大はしたが、黙って俺の話の続きを聞いてくれた。

    「正直、お前の話は魅力だよ。
     俺、一瞬、アメリカに立ってる俺の姿を想像しちまった。
     ものすごくワクワクした。
     俺の声を好きだとも言ってくれた。うれしいよ。
     それに、打算的な考えになるけど、
     ちゃんとお前にはお前を認めてくれるスポンサーもいることだしな。
     例えアングラなフィールドから始まるにしても、
     お前が力強い気持ちでアメリカに行く気になれるのはよくわかるよ。
     現実を踏まえた上での夢なんだな。

     でもな。俺の中の現実は違うんだよ。
     俺には、お前が言うほど、俺に力があるとはどうしても思えない。
     それはアメリカに行ってからの俺次第でどうにかなるって、
     お前は言うだろうな。
     俺、お前たちの仕事は天分だと思うよ。
     お前にはそれがあって、俺にはない。
     これは努力とかでなんとかなるもんじゃないって気がする。
     どっかで聞いた台詞だなんて言うなよ?
     本当にそう思うんだ。

     それに、俺はビビッてる。
     お前の誘いほど、俺の今の仕事に魅力があるわけじゃないけど、
     でもそれを捨てて知らない世界に飛び込めるほどの勇気は、俺にはないんだよ。
     お前は昔のまんま、相変わらずすごいヤツだけど、俺だけ年とったんかな(笑)」


    342:2005/11/25(金) 12:10:34 ID:
    プッと、加えていた爪楊枝を俺に飛ばしてきた。
    ようやく大の視線がズレた。自分の茶碗を見つめていた。

    「なんだよ、考えさせてくれ、の一言くらい言ってくれよなぁ(笑)

     …わかった。
     ただな、ひとつだけ言うぞ。
     俺がお前を誘ったのは、勘違いでも郷愁にかられたからでもない。
     俺の頭がお前だって言ったんだよ。

     …後で後悔すんなよぉ。俺の直感て、案外当たるんだぜ(笑)」

    大は笑顔だった。

    「よし!大塚!ビール飲むか!持ってくる」
    「うん。俺の冷蔵庫から、俺のビールを持ってきてくれ(笑)」

    「だけどなぁ…」大が両手にビールを持って戻ってきた。

    「彼女もいないし、仕事もつまらんって言うから、
     日本に未練ナシってことでOKしてくれるかと思ったんだよなぁ。
     甘かったか。未練とかそういう問題じゃないんだな」

    未練。

    さっきの大の視線よりも鋭く、それは俺に突き刺さった。


    343:2005/11/25(金) 12:11:21 ID:
    最後の夜ということで、その後は家でダラダラと飲んだ。

    ふたりとも酔い潰れることもなく、1時過ぎには床に就いた。

    すぐに大は寝息をたてた。

    それを聞きながら、俺は寝付かれなかった。

    1時間ほど経った頃、俺は大を揺り起こした。

    「…んー?なんだぁ?」

    「大、聞いてくれ。俺、未練ある。好きな女がいるんだ」


    344:2005/11/25(金) 12:12:17 ID:
    再び電気を点け、大は冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきた。
    それを脇に抱き、俺の目の前にドカッと座り込んだ。

    「どれ、聞かせろや」

    一時間、話した。

    恵子ちゃんのこと。
    家族のこと。
    恵子ちゃんとのこれまでのこと。

    全て話し終えた時、大が一時間ぶりに口を開いた。


    345:2005/11/25(金) 12:13:16 ID:
    「大塚ぁ…さっきの話より、今の話のほうがよっぽど納得いくぞ。
     好きな女がいるってのは、それだけでなんだか、何よりも大事だしな」

    大がタバコに火を点けた。

    「しかし。お前…変わってねぇなぁ」

    「スーツ姿も似合うようになって、
     すっかりオッサンになっちまったと思ってたけど、
     中身、高校の時と大差ねぇじゃん」

    「今の話、お前、誰にも言ってねぇのか?」

    黙って頷いた。

    「…まぁ、恋の相談っつっても、
     今の話じゃあ、おいそれと誰にでも話せる内容じゃないわな。
     でも俺は明日、ここからいなくなる。
     話す相手としてはうってつけだったってワケか(笑)」

    長くゆっくりと、大が煙を吐き出した。

    「どうにもなんねぇな」

    厳しい口調ではなかった。

    「どうにかするんなら、何かぶっこわさないと、な。
     でもお前、それ、出来ないだろ?」

    何も言えない。

    「おい!ならよ。
     俺とアメリカ行ったほうが、キッパリスッキリするんじゃねぇか?ん?」

    やっぱり何も言えず、大を見た。

    「うわぁ…お前のそんな顔、初めて見た…。
     やめろよお前、そんな切ねぇツラ。
     なんか、母性本能くすぐられたぞ(笑)」

    俺は俯いてしまった。

    「ま、好きなだけ悩め。お前の気持ちだ。誰のモンでもねぇ」

    もうお互い話すこともなくなり、今度はホントに寝た。


    346:2005/11/25(金) 12:14:07 ID:
    翌日は休みだったので、大を空港まで見送ることにした。

    便は午後で余裕があったから、
    ゆっくりと大の作った朝飯を噛み締めることができた。

    空港までの電車の中、話すことなく、ふたりとも爆睡した。

    空港のロビーに着くと大が言った。

    「もうここでいいや」
    「まだ離陸まで時間あるだろ?付き合うよ」
    「いいよ。俺、なんか言ってしまいそうだもん(笑)」


    「あのよ」
    「うん?」
    「アメリカ生活が始まったら、住所連絡するわ」
    「うん」
    「ケリついたら、教えろ」
    「うん」


    「もうこれで、日本に帰ってくることはないと思う」
    「そか」
    「…あ、いや、帰ってくるな、俺」
    「?」
    「メジャーになったら凱旋帰国だ(笑)」
    「じゃあ、一生帰ってこないってことじゃん(笑)」

    笑いながら、大が俺の肩を小突いた。

    「バイバイ」

    大きく両手を振って、大が俺に「帰れ」と急かした。

    デカい男が、一際大きく見えた。






    668:2006/04/29(土) 15:31:35 ID:
    ご無沙汰しております。1です。
    五ヶ月もの間このスレッドを放置してしまい、本当に申し訳ありませんでした。
    非常に遅れ馳せながら、続きをアップさせていただきます。
    これが最後になります。
    とても長い文章となっておりますがどうかご容赦ください。

    また、最後に文章をアップした昨年11月から本日に至るまでの経緯を
    後ほどお話しさせていただきます。
    今更ですみません。


    669:2006/04/29(土) 15:33:42 ID:
    大が去って3週間。
    3月も終わりを告げた時だった。

    俺は故郷への出張を命じられた。
    仕事の内容は新入社員への研修。日程は一週間。

    研修開始日の前日夜、俺は故郷に先乗りした。
    前もって太田家には出張のことを連絡していたので
    お父さんは太田家への滞在を勧めてくれたが、
    連日、同僚との飲み会が予想されたため、
    俺は迷惑をかけまいとお父さんの申し出を辞退していた。

    会社のとってくれたホテルに、俺は苦笑した。
    そこは三年前のクリスマスイブに、芽衣子さんと泊まるはずだったホテル。
    さすがに同じ部屋ではなかったけれど、窓から見える夜景は変わらなかった。

    一瞬よぎるほろ苦い思い出。

    (思い出…になったなぁ)

    缶ビール片手に、しばらく夜景を眺めた。



    翌日。
    古巣である事務所に出勤すると、懐かしい顔が俺を出迎えた。
    転勤前によくパートナーを組んでいた後輩・友枝だった。

    「お久しぶりです!
    今日は俺が大塚さんのアシスタントですよぉ。凸凹コンビ復活!!(笑)」

    ずんぐりむっくりとした体躯に、人懐っこい笑顔。
    男の俺から見ても可愛らしく感じる友枝は、少しも変わっていなかった。

    いや、少しお洒落になったかな。
    趣味の良いワイシャツとネクタイが似合っていた。


    670:2006/04/29(土) 15:35:11 ID:
    研修は午後から始まった。

    みんなお揃いかと思えるような、
    色も形も定番のリクルートスーツに身を包んだ初々しい新入社員たち。
    中途採用で入社した俺の目に、彼らがとても眩しかった。

    研修はとにかく忙しかった。
    しかし友枝のサポートでそつ無く進行することができた。
    昔はちょっと頼りない男だったが、この三年で見違えるように成長していた。
    所作の全てに自信が覗える。
    頼もしくもあり、ちょっとだけさみしくもあった。

    無事に初日を終え、後片付けをしていると友枝が言った。

    「大塚さん。今日この後、どうします?」
    「んー。さすがに疲れたよ。帰る」
    「ちょっと付き合っていただけませんか?」
    「飲むのかぁ?やだよお前、うわばみなんだもん(笑)」
    「そんなこと言わず(笑)お話、というかご報告があるんです」
    「なんだ?」

    エヘヘ、と意味深な笑みで友枝は俺の問いをかわした。
    妙に気になった俺は、彼の誘いに応じた。


    671:2006/04/29(土) 15:37:11 ID:
    連れて行かれたのはとても洒落た店だった。
    赤ちょうちんがステータスだった友枝だけに、意外で驚いた。

    「こんな店ができたんだなぁ。というかお前、よく知ってたな(笑)」
    「エヘヘ」

    またあの意味深な笑いだ。

    「この店、彼女から教えてもらったんです」

    驚きの連続だった。
    三年前まで『彼女いない歴=年齢』だった友枝。
    とても嬉しそうだ。俺も嬉しかった。

    「やったなおい!彼女できたんかぁ」
    「はい!しかも俺、結婚します!!」

    おいおい、まだ驚かす気か、友枝。

    「うわぁ、おめでと!…で、相手は?」
    「大塚さん、おぼえてますかね?○×社の野田 芽衣子」

    驚くにもほどがあった。


    672:2006/04/29(土) 15:38:14 ID:
    「式の日取りとか最近決まったばかりで、まだ会社の誰にも言ってないんです。
    それにまず、大塚さんに報告したくて」

    前置きをした友枝が、こぼれる笑顔で話を続けた。

    俺と芽衣子さんの関係を知っていたのは社内では東京の先輩だけ。
    先輩は口の堅い人だったから、友枝は知らないはず。
    俺は平静を装った。

    付き合い始めたのは去年の6月だという。
    以来、順調に時を重ね、半年後のクリスマスにプロポーズしたそうだ。

    はしゃぎながら芽衣子さんとの惚気話に夢中になる友枝。
    いちいち頷きながら友枝の話に耳を傾ける俺。
    ふたりとも、頼んだ酒や料理にほとんど手をつけなかった。

    早くホテルに帰って頭を整理したかったが、
    無邪気な友枝の顔を見ていたらいつしか帰る気も失せ、
    俺は誘われるまま2軒目の店へとついて行った。
    転勤前によく友枝と通ったバーだった。


    673:2006/04/29(土) 15:39:08 ID:
    俺のことを覚えていてくれたバーテンは、
    あの頃いつも飲んでいた酒を用意してくれた。

    「あらためて…おめでとう」

    友枝のグラスにカチンと当てると、なんと友枝が泣き出した。

    「な、なんだ!?どした??」

    狼狽し、友枝の背中を摩る。

    「い、いや、すんません。うれしいんス。うれしいんス」

    ワイシャツの袖で、友枝は何度も目を擦った。

    「大塚さんのっ、“ありがとう”がっ、うれしいんスっ」

    可愛いヤツ。
    こんなに無垢なヤツもいまどきいないだろう。


    674:2006/04/29(土) 15:40:08 ID:
    2杯目を注文した時は友枝も落ち着きを取り戻していた。
    仕事でも見たことのない、至極真面目な表情で友枝が語り出す。

    「実は彼女と付き合うことになる前、俺、一回告白したことがあるんです」
    「…いつ?」
    「一昨年の7月くらいでしたかね」

    俺と芽衣子さんの交際が終わった頃だ。

    「そん時は『好きな人がいるから』って、断られたんです」

    「………」

    「でも俺、彼女のことが、初めて会った時から好きだったから、
     諦められなくて、ずっと、想い続けてたんです」

    知らなかった。
    そんなにも深く、長く、友枝が芽衣子さんのことを想っていたなんて。

    「彼女はいつも寂しそうでした。
     その顔を見るたび、
     好きな人とうまくいってないんだなって、俺は悲しくなりました」

    胸にチクリと、何かが刺さる。

    「だから俺、彼女の相談役になろうって、思って…
     …あ、でも俺っ、別に変な下心は無かったっスよ!?
     そんなんじゃなくて、あの、」

    …なんていいヤツなんだろう、こいつは。

    あさっての方向を見ているバーテンが、ウンウンと頷いている。
    俺たち以外に客はない。

    アンタもそう感じたんだね、バーテンさん。


    675:2006/04/29(土) 15:41:20 ID:
    「それから一ヶ月に一回、彼女を食事に誘ったんです。
     俺、見た目こんなだし、嫌がられるかなって、
    ビクビクしながら彼女を誘ったんですけど、彼女は笑顔で応じてくれました。
     ただ…俺、店のことなんて詳しくなかったから、
    いつも彼女に店を選んでもらってましたけど(笑)
     …食事に誘ってるのは俺なのに…かっこわるかったなぁ(笑)」

    みるみる友枝のグラスが空になっていく。
    俺はまだ一杯目だった。

    「相談役って言っても、彼女はいつも多くは語ってくれませんでした。
     でも帰る時はいつでも『ありがとう』って、すごく綺麗な笑顔で言ってくれて。
    毎回ドキドキしてました」

    初めて友枝の口から聞けた“女性の話”。
    始めはその相手が芽衣子さんであることに驚きと戸惑いをおぼえたけれど、
    友枝の素直な言葉にいつしか俺は引き込まれていた。

    「そしたら去年の6月、
     彼女のほうから『付き合ってください』って、言われたんス。
     俺ビックリして、『いいの?』って何回も聞いてしまいました」

    よかったなぁ。

    素直にそう思えた。


    676:2006/04/29(土) 15:43:07 ID:
    ふと、バーテンが俺たちにグラスを差し出した。

    「これ、良かったら召し上がってください。お祝いです」

    「やっぱり聞いてましたね(笑)」

    「はい(笑)」

    ばつの悪そうに苦笑しながらバーテンが言った。

    「ウチのオリジナルです。
     本来はカップルの方にお出ししているんですが」

    桃の香りと、微かな酸味。
    シャンパンでアップされているそのカクテルは、この季節にピッタリな感じだった。

    「なんという名前なんです?」

    「“両想い”です。おめでとうございます」

    「あ、ありがとうございますッ。ありがとうございますッ」

    友枝がまた泣き出した。


    677:2006/04/29(土) 15:43:59 ID:
    友枝を宥め、店を出た。
    千鳥足のくせに、友枝はホテルまで送ると言ってきかず、
    結局、肩を貸しながらホテルまで歩いた。

    「ここでいいよ。ありがとな。気をつけて帰れよ」
    「はい!ありがとうございました」

    気になってたことを聞いた。

    「…そのワイシャツとかネクタイとか、さ」
    「はい?」
    「野田さんの見立てかい?」
    「はい!!」

    酔ってるからか、照れ臭いからか、
    真っ赤な顔して元気に返事する友枝を、なんだか無性に抱きしめてやりたくなった。

    のっそりと踵を返した友枝がタクシーに乗り込むのを見届け、俺は部屋へと上がった。

    冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを掴んだまま、ベッドへと倒れこむ。
    夢も見ずに、深く眠った。


    678:2006/04/29(土) 15:45:36 ID:
    それからの一週間は、夜毎、宴会に興じた。
    太田家にも一度顔を出したが、それ以外は友枝や他の同僚たちと飲み歩いた。
    そして研修最終日の夜を迎えた。

    「大塚さんのお別れ会をしますから!」

    友枝の音頭で事務所の社員全員が集まり、宴となった。
    いい加減、二日酔いなのか何日酔いなのかわからぬほど酒浸りの身体になっていたが、
    彼らの気持ちに付き合った。

    「2軒目、カラオケ行きます!逃がしませんよぉ(笑)」

    ニヤリとした友枝に、俺も観念の笑みを向けた。

    珍しいことにカラオケ屋には年配の社員も参加した。
    若手だけかと思っていたのに、事務所のほぼ全員が顔を揃えている。

    「? 珍しいな。部長までいるじゃん?」
    「俺が誘ったんです」

    友枝の鼻息が荒い。

    「ふーん?」

    その答えは一時間後に判明した。

    「はい!みなさん!聞いてください!!」

    最高潮を迎えた部屋の喧騒を友枝が制した。

    「わたくし友枝、このたび結婚することとなりました!」

    部屋中に『?』マークが飛び交った後、友枝は質問攻めにあった。

    「誰と!?誰と!?」

    当然の質問に、友枝が屈託の無い笑顔で答えた。

    「実は…これからココに来ます!」



    !!!!



    なんてこった。


    679:2006/04/29(土) 15:46:42 ID:
    今この空間で一番ドキドキしているのは俺だ。間違いない。

    やってくれるな、友枝。

    ドキドキは何分経っても収まらず、
    心の準備はいつまでも出来なかった。

    20分後、芽衣子さんは来た。

    彼女がドアを開けて入ってきた時、
    顔を上げられずにいた俺の左右の耳に、
    とてつもない喚声が飛び込んできた。

    男性社員からは悲鳴が。女性社員からは歓声が。

    それからはカラオケどころではなかった。
    みんなが寄り添うふたりに群がった。

    恥ずかしげに俯く芽衣子さん。

    今まで見たこともないくらい、胸を張っている友枝。

    さっきまで俺と一緒にあずさ2号を歌っていた男が、その時よりも数倍輝いていた。

    彼らの姿をぼーっと眺めながら、
    俺は芽衣子さんと付き合うことになったあの夜を思い出していた。


    680:2006/04/29(土) 15:47:38 ID:
    まともに芽衣子さんと会話もできないまま、2次会はお開きとなった。

    またもヘベレケになった友枝が俺をホテルまで送ると言う。
    そして芽衣子さんも。
    3人、肩を並べて歩いた。

    だがホテルに着いても友枝は俺を放してくれなかった。
    結局、友枝と芽衣子さんは部屋の前までついてきた。

    「芽衣子ちゃん!俺ねぇ、大塚さん…だ~い好き!」

    愚にもつかないことを叫びながら、友枝が俺に抱きついてきた。

    「俺も友枝、だ~い好き!」

    言いながら友枝を抱き止めた。

    互いに抱きしめ合う30男たちを、芽衣子さんは微笑みながら見ている。

    ふっ、と友枝が軽くなった。そして重くなった。
    ヘナヘナと、俺の身体を舐めるように崩れ落ちて行く。
    床に大の字になった友枝を見、そして芽衣子さんを見やった。

    芽衣子さんと目が合った。今日初めて芽衣子さんと交わす視線だった。

    一瞬の後、どちらともなく、ぷっと笑った。

    「ひとまず部屋で寝かせよう」

    俺と芽衣子さんは笑いながら友枝を抱え上げた。

    「ほら、しっかり(笑)」

    そう言って友枝の右腕を肩に抱え込んだ芽衣子さんの目は、
    なんとも言えない優しさに満ちていた。
    俺は慌てて視線を外し、友枝の左腕で顔を隠した。


    681:2006/04/29(土) 15:48:48 ID:
    ベッドに友枝を寝かせると、静寂が部屋を包んだ。

    「元気だった?」

    芽衣子さんが切り出してくれた。

    「うん」

    なんとか芽衣子さんに顔を向けた。

    「このホテル…だったんだよね?」

    「そうだったね(笑)」

    あの日を思い出す。

    と、大いびきの友枝に、ふたりの視線が向いた。

    「ラウンジに…行くかい?」

    「うん(笑)」

    ふたりでそっと部屋を抜け出した時、
    なぜだか悪いことでもしているかのような錯覚に陥った。

    「ずっと…ちゃんと話をしたいと思ってたの」

    軽めのカクテルを一口含みながら、芽衣子さんが言った。

    「そう…なの?」

    同じものを俺も注文した。
    いつもなら飲まないであろう、甘ったるいカクテル。
    しかしそれは渇いていた喉にとても優しかった。

    「うん。でもね…」

    ふたりともバーテンの振るシェイカーを眺めていた。

    「もう…いいの。もう、いいんだ」

    自分の言葉に、ウン、とひとつ頷いて芽衣子さんは笑った。
    俺も芽衣子さんに笑みを向けた。

    「招待状、もらえるよね?」

    そう言った俺の顔を、芽衣子さんがじっと見つめる。
    潤んだ瞳に柔らかな光を灯し、芽衣子さんは言った。

    「…ありがとう」

    その言葉で、胸に残っていた最後の何かが、すーっと消えた気がした。

    俺も…ありがとう。


    682:2006/04/29(土) 15:49:48 ID:
    部屋に戻ると、友枝は本格的な眠りに突入していた。

    「今日はこのまま、旦那さんは預かるよ(笑)」

    「ごめんね。ダーリンをよろしく(笑)」

    ロビーまで見送ることにした。
    エレベーターの中、芽衣子さんが小さな声で言った。

    「健吾君」

    「うん?」

    「今も…従姉さんのこと、好き?」

    「うん」

    ためらいもなく、素直に言えた。

    微笑みながら、芽衣子さんは去っていった。


    683:2006/04/29(土) 15:50:54 ID:
    部屋に戻り、友枝のネクタイを緩めてやる。
    しばらくその寝顔を見つめた。

    (こいつは…勝ち取ったんだ)

    “勝ち取る”という言葉に、改めて俺は自分が持つ劣等感を意識した。
    だがそれは、友枝に芽衣子さんをとられた…などというものではない。

    友枝が勝ち取ったもの。

    しあわせ。

    ひたむきに相手のことだけを想い、努力してきた友枝。
    それを得るのは当然だった。

    俺は…彼ほど努力しただろうか?

    否。

    いつもウジウジと後先ばかり考えていた。
    親父と母の心情を障害と見なしていた。
    あきらめる道だけをひたすら選び、“忍ぶ恋”などというものに酔っていた。

    『どうにかするんなら、何かぶっこわさないと、な』

    大の言葉が頭に浮かぶ。

    俺が事を起こせば、壊れるのは親父や母の心だと思っていた。

    だが本当に壊れるのは、いや、壊さなければいけないのは、俺の臆病さなのだ。



    (ありがとな、ダーリン)

    友枝の頭を、クシャクシャに撫でた。


    684:2006/04/29(土) 15:51:41 ID:
    東京に帰り、いつもと変わらぬ日常に戻った俺の元にメールが届いた。

    恵子ちゃんからだった。

    『ゴールデンウィークに親戚一同集まってバーベキューします。
     健吾君、来れるかな? ていうか、絶対来ーい!(笑)』

    文字がやたら愛しい。

    返信。

    『喜んで参加させていただきます』

    断る気はなかった。

    一歩、前へ。

    俺は歩ける気がした。


    685:2006/04/29(土) 15:52:38 ID:
    GW。
    たった一日だけだが休暇をとった俺は、心の急くまま新幹線に乗った。

    早く行きたい。バーベキューに行きたい。
    いや、バーベキューなんてどうでもいいんだ、ホントは。

    駅には恵子ちゃんが迎えに来てくれていた。

    およそ一年ぶりに見る恵子ちゃんは…可愛かった。とても。

    恵子ちゃんの実家からほど近い、山裾の川原がバーベキューの場所だった。
    すでに俺以外はみんな顔を揃えていた。
    まずは一杯、と生ビールを手渡される。
    だが手厚い歓待もほんの束の間、

    「健吾君、手伝ってぇ~」

    調理部隊からお声がかかった。

    転勤してからは年に1度会うか会わないかの親戚たちだったが、
    この頃になるとすっかり俺も彼らと遠慮会釈のない関係を築けていた。
    ほいほいと軽く腰を上げ、一員であることを喜ぶ。




    …などという気分は、一時間で吹っ飛んだ。

    忙しい!
    次から次へと焼き物に勤しむ俺。

    うがー
    何しに来たんだ俺は。
    恵子ちゃんと話してぇ。

    しかしそんなレクレーションはとんと巡ってこない。

    たまに恵子ちゃんが給仕として出来上がった料理をとりに来たが、
    汗だくになって調理している俺に、

    「ご苦労さま(爆笑)」

    一言声をかけ、すぐに女性陣の輪の中に帰っていった。
    忙しなく手を動かしながら、心の中で指を銜えて“女の園”を眺めた。


    686:2006/04/29(土) 15:53:33 ID:
    午後3時を回った頃、救いの手が差し伸べられた。

    「健吾君、少し休みなよ」

    恵子ちゃんの父・守さんだった。
    これ幸いとばかりに義弟に調理を押し付け、守さんから生ビールを受け取る。

    そのままなんとなく守さんとツーショットになった。
    実のところ守さんとはこれまであまり話したことがない。

    親戚が集まる席といえば決まって酒席で、
    俺は酒豪ぞろいの彼らといつも馬鹿騒ぎに興じてきたのだが、
    守さんは下戸のため、正直、話すのが辛かった。
    素面の相手と酔っぱらいではノリが違う。
    それに守さんは真面目な人だったからちょっと近づきがたくもあった。

    しかし親戚連中に強引に勧められたのか、
    今日はちょっとだけ守さんも酒を楽しんでいたようだ。
    顔が少し上気している。

    お互い酒が入れば自然と会話も弾む。
    話の内容なんて他愛のないものだったとおもうが、
    小一時間も経った頃、

    「ようし、もう“健吾君”なんて他人行儀な呼び方はしない。
     健吾!って呼ぶからね」

    そう言われた俺は守さんと打ち解けたような気がした。


    687:2006/04/29(土) 15:54:48 ID:
    そのうち、酔っぱらった守さんは高鼾で寝てしまった。
    ブルーシートに大の字になっている守さんに、恵子ちゃんが上着をかける。
    そして俺に向き直って言った。

    「ちょっと散歩でもしない?森の中に、良いトコあるんだ」

    どこへでも行きますとも。



    「お父さん、あんなになっちゃうなんてなぁ(笑)」

    恵子ちゃんの歩幅に合わせながら、森の中の小道を歩く。

    「ごめん。ちょっと調子にのって酒勧めすぎたかな?」
    「ううん(笑)たまにはいいんじゃないかな。大した量でもないし」

    …たしかに。ビールを紙コップ3杯程度だった。

    「きっと嬉しかったの、お父さん」
    「俺と話したことが?」
    「そう。ウチは私とお姉ちゃんとお母さんで女だらけでしょ?
     だから男同士の会話っていうのに飢えてるんだと思う」
    「なるほどね」
    「それにね。お父さん、健吾君のことは前から気にしてたの」
    「なんで??」
    「さあ(笑)
    昔、私と健吾君でよく飲みに行ってた時、実家に帰るたびに健吾君のこと聞かれた」
    「…で、なんて答えたん?」
    「変な人、って(笑)」
    「あっそ(笑)」


    688:2006/04/29(土) 15:55:57 ID:
    木立が開け、目の前に小さな滝壺が現れた。

    「到着」
    「おおっ、いいねぇ」
    「私のお気に入りなの、ここ。
    小さな滝だから、森の静けさを壊さないんだ」

    滝壺のほとりにあった大きな岩塊にふたりで腰掛けた。
    小さなサンダルを脱ぎ、恵子ちゃんは素足を水の中へと入れた。

    ぱちゃぱちゃぱちゃ

    いたずらに水を掻く白い足が、戯れる二匹の魚のようだ。

    ふたりとも何も言わず、ただ水面と木々と空を眺めた。

    恵子ちゃんがその時、何を考えていたのかはわからない。
    だが俺は、この心地良い静寂を乱してよいものか、考えていた。

    静寂を打ち破る俺の一言。
    それはずっと言いたかった一言。
    そして今にも言いそうになる一言。

    だがここに至っても、俺はまだ踏ん切りをつけられずにいた。
    押し黙っていたら、恵子ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。

    「なに考えてるの(笑)」

    驚き、怯み、
    動揺が愚かな言葉を紡いだ。

    「あ…あのね、恵子ちゃん」
    「うん?」

    「彼氏、できた?」


    689:2006/04/29(土) 15:57:05 ID:
    馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。

    自分に呆れた。
    呆れてものが言えない。
    いや、実際、次の言葉が出て来なかったのだが。

    恵子ちゃんの顔が強張った。俺を覗き込むのをやめた。

    「そんなこと…健吾君に聞かれたくない」

    「そ、そっか」

    小さな滝がナイアガラにでもなった気がした。

    「そろそろ戻ろっか」

    恵子ちゃんはいつもの声音に戻っていた。

    俺の右横を歩く恵子ちゃんに顔を向けられない。
    かといって前を向いていても道なんて見ていない。

    (告白してフラれた相手に「彼氏できた?」なんて…そりゃ聞かれたくないよな)

    右肩が重い。右頬が引き攣る。

    (本当は…あんなこと言うつもりじゃなかったのに)

    傾いた木洩れ陽が視界を濁す。うっとおしい。

    (ええい、言っちまえ!)

    「あのね恵子ちゃん、さっきのね、あれはね、」
    「あ。もうみんな片付け始めてるよ」

    いつのまにか森を抜けていた。


    690:2006/04/29(土) 15:57:44 ID:
    「そろそろ帰るよ~」

    戻ってきた俺に母が言った。
    今夜は太田家に世話になる予定だった。

    「じゃーね、健吾君。今日はご苦労様」
    「う、うん。さいなら」

    恵子ちゃんの口調は優しかったが、
    守さんを介抱するその背中は怒ってる…ような気がした。

    …いつまでも見てたって仕方ない。
    諦めて、お父さんの車に乗り込んだ。

    がっかりだ。
    自分に。


    691:2006/04/29(土) 15:58:29 ID:
    渋滞に巻き込まれながら太田家に帰り着いた時には陽はとっぷりと暮れていた。
    さすがにみんな疲れていたため飲み直す気はなく、
    三々五々、各々の部屋で休息をとることとなった。

    俺は身体に染み付いたバーベキュー臭を洗い流そうと、風呂をつかった。
    身体だけはさっぱりとし、居間に戻ると母が座っていた。

    「お茶、飲む?」
    「ん。もらうよ」
    「今日はお疲れさん」
    「ホント疲れた(笑)でも楽しかったよ」
    「守さんと盛り上がってたね」
    「あんまり飲めないのに付き合わせちゃって、悪いことしたよ」
    「よろこんでたよ」
    「ならいいけど」
    「アンタがいなくなってた時、
    突然ガバッと起きだして『健吾どこだ~』って騒いでた」
    「マジで?あはは」
    「気にいられたね」
    「だったらうれしいね」
    「恵子ちゃんのこと、好きなの?」

    はい、とお茶を差し出しながら、流れるように母が聞いてきた。


    692:2006/04/29(土) 15:59:16 ID:
    「…なんで?」

    視線をTVに固定したまま、平静を装った。
    焦点はぼやけていた。

    「なんとなく。今日のアンタ見てたらそんな気がしたの」

    もはや言い逃れることも、取り繕うことも、俺自身が許さなかった。

    「…うん。好き、だ」

    まっすぐに母を見た。

    「そう」
    「うん」
    「いつから?」
    「ずっと、前から」

    母の表情に変化はなかった。

    「お父さん(実父)は、知ってるの?」
    「いや、言ってない」
    「そう…」

    ふたりのお茶が冷めていく。
    母の目の光が強くなった。

    「恵子ちゃんには伝えたの?」
    「…ううん…」

    光がしぼんだ。
    顔を伏せた母の声が小さくなった。

    「私たちのこと…考えたから…なのね?」
    「………」

    廊下を踏む足音がした。誰かが起きてきたのだろう。

    「考えさせてたのね…ずっと」

    消え入るような声だった。


    【彼女との話】「早く結婚してくれ」 従姉に恋をした。信じられないほど心が痛い。彼女に会ってから今日まで、一年一年、一日一日、その痛みは蓄積されていき、今は極限だと思う

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    引用元:http://love3.2ch.net/test/read.cgi/lovesaloon/1131655290/